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生まれる時代を間違えました

お酒と本と映画と

「らしさ」の個人的見解

 

さてさて、今日は最近ずっと考えていたことについてやっと文字に書き起こしてみようかと思いますよ、しばしお付き合い願います…

 

常にどうして自分は生きているのか疑問に思っているネガティブ人間なんすけど、バイト先にも同じ感じの女の子がいて、いつも2人で色々話しては嘆いて自分たちの無力さというか、そういうの(語彙力がないからすごい抽象的)に悲しくなるということを厨房でよくやるのね。

それでこの前「私らしさ」って何だろうという話をバイト中に話していて、

「らしさってなんだよ!わかんねーよ!!」

「そんなこといわれても自分のことがよく分かっていない私は余計混乱して悲しくなってしまうんだよ!」

というような会話を繰り広げたんだよ~ああ思い出しただけでまた泣きそうになる~

 

そうして最近ツイッターで「私以外私じゃないの」についての考察を見てたら、似通ったところがあるなと気付いたの!!!!

その記事の中で「わたし」は自分で自分を受け入れた自分のこと、っていう結論に至っていた(多分そんな感じだったと思う…)のを見てなんとなく腑に落ちたことがあって…

自分を受け入れることができていない状態で「らしさ」といわれても違和感があるというか、自分を受け入れられない私にとってまだ「わたし」は「わたし」じゃない。すごく極端な例えになるけど赤の他人を「この人はあなたでしょ!」と言われているような感じなのかなと思う。

花丸木は「花丸木らしくなーい」といわれた時に違和感をもりもりに感じて、そこからまたそういう風に思わせてしまったことを申し訳なく思って自分らしく振舞おうとするも、「らしさ」が分からないから混乱して嫌になって自己嫌悪に陥るという最悪のサイクルをいつも繰り返すんです…だからこの気付きは花丸木にとってかなり衝撃だったというか。

まあこれは完全に個人的な意見だし、分かったからと言って今すぐに自分を受け入れられることができるかといわれてもそれは到底出来そうもないけど。

違和感を感じる原因が自分なりに発見出来て少し楽になったというお話しでした!

あ〜やっぱりうまく伝えられないけどどうにか伝わってくれ〜〜!!エイッエイッ!

今日のバイトではどこまでが「わたし」なのかずっと考えてて爆発しそうでした、ちゃんちゃん!(ちゃんと働け)